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元妻の遺言に見られる知恵

ハリアットの遺言をつぶさに見てみると、遺産相続による事業承継を成功させるためのプランを、「信託」の受託者としての彼女がいかに周到に準備したかが分かる。

例えば、そこには次のような相続条件が記されている。

     相続人は、クーツの姓を名乗らなければならない。

(トーマスの娘はすべて他家に嫁いでいるため、クーツ姓の子孫はいない。トーマスが銀行にクーツの名を冠したため、銀行名として残ってはいるが、一族にクーツの名を継ぐ者がなくなれば、いずれ銀行名も変わるおそれがあった。この条項は、夫の意志を継ぐとともに、銀行を「夫のものとして」残したいという妻ハリアットの「受託者」としての意図を如実にあらわしている。と同時に夫の名を永遠ならしめたいという愛情も感じられる。これによって、相続人アンジェラ・バーデットは、アンジェラ・バーデット・クーツとなった。)

     相続人は、外国人と結婚してはならない。

(これは別に外国人を差別しているわけではないだろう。当時のヨーロッパ大陸諸国が市民革命、民族独立運動の嵐の真っ只中にあり、政情は極めて不安定だったのに対して、イギリスはすでに前世紀に革命を終え、政治的安定の時代に入っていた。この条項は、銀行の経営や資産が、このような大陸諸国の政治的混乱に巻き込まれるのを避けるためのものであったと考えられる。より具体的には、クーツの孫で、当時ナポレオン・ボナパルトの傍系の子孫と結婚していたダドリーを相続から排除することを目的としていた。その妻の存在が、資産に対する「政治的リスク」をもたらすことを恐れたからである。)

 

 

     相続人は、銀行経営の持分権を信託するものとし、銀行経営に直接参画してはならない。

(先述したように、ハリアットがクーツの遺産の「受託者」であったというのは彼女の使命感を示す喩えであって、法的な根拠があるものではないが、こちらは本物の信託(「事業信託」)である。相続人は、相続した銀行経営の持分権を他の共同経営者(パートナー)に信託し、これを受託した共同経営者は、相続人を受益者として、相続人の利益のために銀行を経営すると定められる。受託者である共同経営者は、一種の受託者委員会を組織し、経営が真に相続人の利益のために行なわれているか監視するために、ハリアットの顧問弁護士がこれに参加した。この条項は、遺産相続の当時23歳であったアンジェラの経営能力に不安があったというよりは、将来彼女の夫となる者が銀行経営を恣にするのを避けるためであったとするのが適当だろう。ただし、歴史的事実としては、巨額の財産がかえって負担となったためか、アンジェラは高齢に至るまで結婚しなかった。)

 

夫婦にみる「信託」の深さ

 トーマス・クーツが事業の後継者なくこの世を去ったとき、銀行の事業承継は間違いなく危機的状況にあった。ハリアットのこの遺言は、かかる危機を乗り切り、今日ある銀行の繁栄の基礎を築くのに大きな役割を果たしたのである。

 このような遺言を残したハリアットとトーマスという42歳違いの夫婦の、死をも超えた信頼と愛情には心底打たれざるを得ない。この世の中にこのような夫婦関係があり得るということは、感動的ですらある。

また、老親としての情ゆえに曇りがちな自らの判断を避けて、後継者候補の身近にいて客観的な判断を下せる立場の人物にあえて後継者選びを委ねたトーマス・クーツの炯眼と、彼の遺志に応えることに後半生を賭けたハリアットの誠意、そして未亡人ハリアットのこのような役割を承認し受け入れた一族の態度からは、ヨーロッパにおける「信託」理解の深さに思い至るのである。

 

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