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その後のハプスブルク家

ここで、今一度ハプスブルク家の運命を振り返ってみよう。最後の皇帝カール1世が退位した後、一族は確かに多くを失った。しかし、必ずしもすべてを失ったわけではなかったのである。

例えば、フランツ・ヨーゼフ帝と皇妃エリーザベトとの間に生まれた末娘マリー・ヴァレリーは、両親の出会いの地であるバート・イッシュル(Bad Ischl)にあるカイザーヴィラ(Kaiservilla)を相続したが、その子孫であるハプスブルク・ロートリンゲン家は、オーストリア共和国の成立後も、帝位継承権等の放棄を条件にこの家屋敷の私有を許されているということである。また、最後の皇帝カールの子オットーは反ナチスの活動家となり、米国に亡命し、帰欧した後は、欧州議会議員に選出されるなど、その家系はヨーロッパの名門として現在も続いている。

王朝こそもはや存在していないものの、旧オーストリア・ハンガリー帝国領内には至るところハプスブルクの記憶が今も残る。女帝マリア・テレジア、皇妃エリーザベトなどの王朝時代の思い出が今やウィーンのシンボルであり、観光の目玉となっていることは言うまでもなかろう。

 

 

再評価の機運

このようにハプスブルク家の人々が現在もなお人々から愛されているという事実は、同家の君主たちが(紆余曲折があったとは言え)決して独裁的な暴君ではなく、王朝が比較的円満にその歴史的な役割を終えたことを反映しているものだ。歴史を詳細に検討すればいろいろ綻びも出ようが、今日「ハプスブルク」と聞いても血腥いイメージの連想がほとんど浮かばないのは、稀有なことと言わなければならないだろう。

最後に、近年の民族紛争の激化、さらにヨーロッパ連合が旧ハプスブルク帝国領内の諸国へと拡大したことに伴って、諸民族の十字路ともいうべき国家連合を長年にわたり維持統治したハプスブルクの手法を、今また学び、再評価しようとする機運が高まっていることを申し添えて、小文の終わりとしたい。

 

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