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外貨預金の呆れた実態

 

貨幣の混乱とロスチャイルド財閥の起源

 

 

カール4世と「金印勅書」

 14世紀、ルクセンブルク家出身の神聖ローマ皇帝カール4(ボヘミア王としてはカレル1)は、中世都市プラハ繁栄の基礎を築いた名君とされている。彼が本拠地とした現在のチェコ共和国の首都プラハは、帝国で最初の大学(カレル大学)が創設されるなど、以後、神聖ローマ帝国の実質的な首都となったと言ってもいいだろう。プラハのこの特権的な地位は、ハプスブルク家のルドルフ2世の退位により帝国の中心がウィーンに移るまで続く。

当時、神聖ローマ帝国の帝位は世襲ではなく、選帝侯と呼ばれる7人の諸侯による選挙で選ばれることになっていた。しかし、選帝侯に牛耳られていた帝権は弱体で、ほぼ100年前の13世紀半ばには皇帝が選ばれない時期が20年間も続くなど、政治は乱れがちであった(いわゆる「大空位時代」。なお、皇帝位が実質的にハプスブルク家の世襲となるのは、これよりずっと後のことである)

カール4世は、この皇帝選挙の制度などを明文化した帝国の最高法典である「金印勅書」を公布し、帝位の安定をはかったが、これは同時に諸侯の特権を認め、長い目で見ればドイツの中央集権化を阻み、国の分裂を永続化する結果となったとされる。

 

 

金印勅書とユダヤ人

しかし、この「金印勅書」が、回りまわって数百年の後、異教徒であるユダヤ人を富ませる結果を招こうとは、キリスト教徒の代表たる皇帝は、おそらく夢にも思わなかったことだろう。

「金印勅書」では、選帝侯は領内のユダヤ人の保護権を有するとされた。その意味でもユダヤ人にとって影響が大きいものであったが、とりわけ、7選帝侯それぞれが完全な鉱山採掘権、貨幣鋳造権、関税徴収権を得たことによりもたらされた経済的な分裂と混乱が、一部のユダヤ人金融業者に活躍の場を与えたのではないかと想像されるのである。

 

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